保守が訴えた原発裁判に判決 あの爆発音から続く後悔:朝日新聞デジタル
裁判で問うたのは、解除基準の放射線量「年20ミリシーベルト」。国が参考にした国際機関の勧告は、復旧時の被曝(ひばく)線量を同1~20ミリとする。だが、菅野さんらは、上限値の「年20ミリ」を高すぎると訴えた。 高倉地区では約80世帯のうち、六十数世帯が自宅に戻った。ただ、山は除染されておらず、線量は菅野さんの自宅で毎時0・4~0・6マイクロシーベルト(年1ミリシーベルト=毎時0・23マイクロシーベルト相当)ある。40人ほどいた子どもたちは、ほとんど戻っていない。 幼稚園は休園し、小学校までの路線バスは走らなくなった。近隣のスーパーも閉まったままだ。道の駅などに卸せば年100万円の副収入になったキノコや山菜の出荷制限も続く。「地域は崩壊した。心配した通りのありさまだ」と嘆く。 自らの「後悔」も裁判へと突き動かした。