独裁を倒したら、強権が来た もの言えぬエジプトの萎縮、今も:朝日新聞GLOBE+
え? 身を乗り出した私に、彼はこう言った。「あの日、広場で隣にいた男がつぶやいたんだ。ムバラクは『頭』に過ぎない、軍という『体』はまだ残っているって。そのときは言葉の真意を理解できなかった」 エジプト・カイロのタハリール広場で2011年2月、ムバラク大統領の退陣後、戦車の上で兵士と記念写真を撮る子どもたち=越田省吾撮影 彼が抱いた不安は13年、現実のものとなった。国政に絶大な影響力を持つ軍が介入して、民主的に選ばれたムルシ大統領を引きずり下ろし、当時国防相だったシーシが翌年、大統領になった。この動きは、今年、軍がクーデターを起こして権力を掌握したミャンマーの状況にも通じるかもしれない。 友人は悔しそうに言った。「アメリカを見て欲しい。トランプが大嫌いでも4年間は待つ。軍がトランプを引き倒すなんてことはないんだ。こんなのはおかしい」 それじゃあ、君たちが「民主化運動」に望んでいたものは何だったの? あきらめたのか? 私が問うと、「政治は忘れた」と彼は答えた。傍らには、私と離れていた5年間で手に入れた、かけがいのない存在があった。妻と長男だ。「何もしなければシーシ政権が続く。何かすれば刑務所行き。もう僕たちに行き場はない」。将来に向けて貯蓄をし、妻子のために生きることが、今は何よりも大切なのだという。 ■「市民の不満は『ノイズ』」 もう1人、会いたい人がいた。留学時代に喫茶店で政治談議をしたアラビア語の先生だ。シーシ政権を支持する60代の彼は早速、エジプト人らしく早口でまくし立てた。 「10年前(の革命で)、我々は(エジプトに)多くの課題があることに気がついた。放置されてきた貧困や格差、経済。シーシはそれらを短時間で解決しないといけない」 でも、市民は窮屈な生活を強いられているのでは? 彼は反論した。「理不尽に刑務所送りになる人がいるのも知っている。でもシーシの政治は、人を家に住まわせながら突貫工事をしているようなものだ。つまり、『ノイズ(雑音)』が聞こえるのは当然だ」 大事をなすためには、ある程度の犠牲は仕方がない。「現実主義者」を自認する先生らしい見方だと思った。 10年前の「アラブの春」から今も混乱が続き、「今世紀最悪の人道危機」が起きていると言われる国がある。シリアだ。かつて訪れた平穏な街は大きく姿を変えた。戦乱や弾圧を恐れて国を逃れた人たちは今、何を思うのか。(つづく)