「無理しっしゃんなん」。祖母の言葉を、今こそ母に届けたい | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]
私は4人きょうだいの6人家族で育ちました。勤務医だった父は単身赴任の時期が長く、家を切り盛りしていたのはほとんど母。小さい時は、2人の子どもをおんぶとだっこで前後に抱え、ほかの2人の手を両手でつないで、よく習い事やプールに連れていってくれたものです。 私たち子どもに手がかからなくなり、ようやく一息つけるようになったタイミングで、今度は幼稚園の先生の資格を通信教育で取ることを決意した母。夜行バスで東京の学校にスクーリングで通うなどして資格を取得し、その後念願の幼稚園教諭として働いていました。 そんながんばり屋の母でしたが、その努力する姿を見せびらかすこともなく、ちょっと天然が入ったおっとりした性格で、子どもの私にとっても大変自慢の母でした。幼稚園教諭になっただけあって上手だった、自作の歌や物語を聞かせてくれては、私たち家族をいつも楽しませてくれました。 母に、嵐のような日々が押し寄せたのは、今から4年前、父も母も60代の後半になった頃のことです。最初に発覚したのは父の膵炎(すいえん)でした。その後、父はスキルス胃がんを併発するのですが、それからまもなく、今度は父の闘病を献身的に支えてきた母に、膀胱(ぼうこう)がんが見つかります。その後数年で、劇症1型糖尿病や別のがんなど、さまざまな病が母を襲いました。 自身も治療をがんばる一方で、父の病院への送り迎えなどで治療を支え、加えて孫たちの世話まで買って出る母を見かねて、何かの助けになればと、私は昨年家族とともに実家の近くに引っ越しをすることにしました。とはいえ、母のがんばりは今も変わっていません。残りの人生を家で過ごしたいという父を支えながら、自身の手術の直前まで、孫の小学校入園グッズのミシンがけにいそしむ。そんな母を目の当たりにして、昔「無理しっしゃんなん」と祖母が母にかけていた言葉を毎日のように思い出しています。 最近も、「今度手術をすることになった」と母が知り合いに話したところ、「がんばって!」と送り出されたとのこと。母は「どうやってがんばればいいのか、わからないわよね」と、少しさみしそうに笑いました。そんな母に、「無理しっしゃんなん」と祖母に代わって言い続けるべきなのか、それとも母らしい生き方を黙って見守るべきなのか。答えは見つかりません。 ただ、母はお花が大好きです。母が笑顔になる花を、「あまり無理しないでね」というメッセージとともに贈り、母の満面の笑みを久しぶりに見たいです。どうかよろしくお願いします。 ≪花材≫リンドウ、ダリア、コチョウラン、バラ、マリーゴールド、エキナセア、ケイトウ、キョウカノコ、ナデシコ、アスチルベ、ヤツシロソウ、オンシジウム、カンガルーポー 花束をつくった東さんのコメント