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〈236〉「この家もらってね」。言い遺してあの女性(ひと)は逝った | 朝日新聞デジタルマガジン&[and]

• Source: asahi.com
 当時、育ち盛りで荷物があふれがちな年齢の子どもが3人いるにもかかわらず、家には驚くほどものがなかった。「色があふれると狭く感じられるので」と器は白と決め、洗剤のラベルは取り外して使う。ソファは置かず、家具は必要最低限。広く使うための細やかな工夫が目立った。  彼女はフルタイムの正社員で、帰宅後は台所に立ち続ける毎日だった。3人の子どもたちの塾や部活の帰宅時間がそれぞれ違うためだ。やってもやっても家事が終わらず、料理が好きなのに楽しむ余裕があまりない。「なんで3人産んでしまったんだろう」と深夜の台所で泣きたくなることもあると、漏らしていた。  8年ぶりの再会は、『子どもが社会人になり、家族の状況も台所もちょっと変わったので、見に来てください』という応募のメールがきっかけだ。徹底的に色と所有物をしぼりこんだミニマルな暮らしはどうなっているだろう。興味津々で訪ねたら、以前の家の近くだが、番地が違う。  家に入ると、家具も家電もぐっと増えている。リビングには布団が敷かれたままで、脱いだパジャマがあった。肝心の台所は、野菜や生鮮食品がなく、戸棚にはカップラーメンやお茶漬けの素が。料理も菓子作りも好きな彼女の以前の台所と、あまりに様相が違う。  「ここは、ユーコさんという、夫の30年来のテニス仲間だった友人の家だったんです。今は主にうちの長男が寝泊まりしてます。休日の昼間にはこうして私も来たり、次男や長女も友だちを呼んだり代わる代わる使っています」  ユーコさんが使っていた布団に、今は長男が寝ているという。起きたままの形のパジャマや毛布は彼のものだ。