広島の「黒い雨」調査、97歳気象学者の後悔と約束 [核といのちを考える]:朝日新聞デジタル
降雨の範囲を独自に調査 転機となった住民の声 「黒い雨を浴びた人たちの証言がやっと本当だと認められた」。気象学者の増田善信さん(97)=東京都狛江市=は26日、上告断念の知らせを受け、うれしさをにじませた。気象庁を退官後の1989年、考えられていたよりも約4倍の広さで黒い雨が降ったとする論文を発表した人物だ。降雨範囲は「増田雨域」と呼ばれ、健康被害を訴えた住民を幅広く被爆者と認めた広島地裁と広島高裁が判決の根拠の一つとした。 「黒い雨」の調査について話す増田善信さん=2021年7月15日午後、東京都狛江市、内田光撮影 異常気象の研究などに携わってきた。転機が訪れたのは、退官翌年の85年だった。広島市で開かれた原水爆禁止世界大会に招かれ、核爆発と異常気象の関係について講演。従来の降雨範囲に触れたところ、会場から思わぬ声が上がった。「あの雨域に私たちは迷惑しているんです」 黒い雨の援護区域拡大を求める活動に関わる被爆者の男性だった。「あんなに激しい雨が、きれいな卵形に降ると思いますか」と問われ、何も答えられなかった。原爆投下直後の調査では黒い雨が南北に長い卵形に降ったとされ、それが国の基準になっている。だが、気象の常識では雨の範囲はいびつな形になるはず。調査のサンプルが少ないのではないか。「私が再調査をします」。その場で約束した。 言えなかった「『神風』は吹かない」 今も後悔 長年、ある後悔に苦しんできた。終戦前年の44年9月に海軍に入隊。軍の気象学校で学び、少尉として島根県内の基地に配属された。いまも鮮明に思い出すのは、45年8月に沖縄方面へ出撃していった爆撃機の姿だ。滑走路の戦闘機の前で、天気図を使って乗組員に風向きなどを伝えた。「『神風』は吹かない、その一言が言えなかった。申し訳なかった」