コロナ禍、契約打ち切り…逆境を力に変えたスイマー武良竜也 「引退危機」で周囲が後押し〔五輪・競泳〕:時事ドットコム
2021年07月29日15時40分 東京五輪の競泳男子200メートル平泳ぎ決勝を終えた武良竜也=29日、東京アクアティクスセンター 【東京2020オリンピック】競泳の男子200メートル平泳ぎ決勝で29日、武良竜也(25)=ミキハウス=が7位に入賞した。目標のメダルに届かず「すごく悔しい気持ち」。そして「決勝の舞台を経験できたのは、これからの競技人生の糧になると思う」。昨春、新型コロナウイルスの影響で所属先との契約が打ち切りに。現役引退を考えたが、周囲に激励され、アルバイトをしながら競技を続けた。東京五輪代表選考会を兼ねた今年4月の日本選手権で、ダークホースの存在から実力者2人に割って入り、五輪切符をつかみ取った。一度はプールを離れる覚悟をしてから1年数カ月。逆境を力に変えた。 2020年春。社会人2年目のシーズンを迎えようとしていた頃、所属先から契約の打ち切りを告げられた。コロナ禍でスポーツ界の動きが停滞し、東京五輪は1年延期に。「コロナがあって、(その年の)五輪がなくなり、3月いっぱいまで、と」。競技を続けたいとの意思は伝えたが、状況は変わらなかった。「これで終わりなのかな。続けるにはお金もかかる。自分でどうこうできる問題じゃなかったので、これで引退するんだな、と考えていた」という。 鳥取県出身で、米子北高から日体大へ。所属先がなくなった20年の4月、5月と泳げる環境ではなかった中、家族や藤森善弘コーチに後押しされた。「親にもコーチにも『続けてほしい』『戻ってこないか』と言われて。コーチには、アルバイトをしながらでもいいからと」。競技を続行。スイミングクラブなどでのアルバイトをした。電話営業や梱包(こんぽう)作業も。その間、50社以上に電話やメールでスポンサーを募るトライもした。 練習時間が半減しても、モチベーションや五輪への思いは、むしろ高まったという。「この状況を打破するには、オリンピックに出なければどうにもできないと。今まで水泳(関係)の人としか関わってこなかったけど、水泳に関わっていない人が本気で応援してくれた。そういう人たちのためにも、何としても出たいという気持ちが強かった」 同年の日本選手権はコロナ禍で12月に延期された。武良はそこをにらみ、「中途半端ではいけない」とアルバイトを11月までにして、いったん休止。すると、手応え十分の結果が出た。200メートル平泳ぎ決勝は日本記録保持者で、かつて世界記録も出した渡辺一平(トヨタ自動車)が2分7秒08で連覇し、若手の佐藤翔馬(東京SC)が2分7秒69で2位。武良は2分8秒15で3位に入った。 「結果が出た。そこから(地元の)鳥取県水泳連盟に支援していただけた」。技術的にも向上。11月に日本社会人選手権に出場して「もっと本気で」と日本選手権に向けて練習内容を濃くした。「大きく変わったのがターン後の15メートル。(手の)ひとかき、(足の)ひと蹴りを意識して練習した。社会人選手権と日本選手権を比べると、ターン後だけで1秒ほど変わった」と振り返った。 ◇前評判に奮起、五輪切符獲得 迎えた21年4月7日、日本選手権の200メートル平泳ぎ決勝。前評判は、渡辺と佐藤が優位で武良がどこまで迫るか、という見方だった。「何としても食い込んでやろう、トップに立ちたいと思った。(2強との予想)だからこそ頑張れる部分があった」。佐藤が2分6秒40の日本新記録で初優勝。2位は武良で、自己ベストの2分7秒58をマークした。16年リオデジャネイロ五輪代表でもある渡辺は2分8秒30の3位にとどまり、五輪代表を逃した。 武良は「ラスト50メートルに自信があった。そこで爆発するという思い描いた泳ぎができた」と会心のレース。一方の渡辺は「きょうの全ての力は出せた。それでこのタイム。気持ちが整理できていない」と肩を落としながらも、「この何カ月か、僕の人生で一番頑張ったつもり。佐藤君と竜也の方が頑張ったということ」と潔かった。同学年の武良は「一平の分までしっかり泳ぎ、五輪で結果を出したい」と誓った。 武良の五輪代表入りを、アルバイト先で知り合った人たちも「すごく喜んでくれた」という。「この1年、人と人とのつながり、応援してくれた人を肌で感じられた」。こうも語った。「僕はこういう結果になったが、悔しい思いをした人もいる。そういう気持ちもすごく分かる。しっかり背負っていきたい」。日本選手権の後、ミキハウスが所属先となった。 大きな試練を乗り越えた武良に、次なる壁が立ちはだかった。約1カ月後、コロナ感染のため自宅療養。「言葉にならなかったし、すごく焦った。でも、どうすることもできなかったので、まずは治そうと」。6月上旬にはジャパン・オープンに出場。つまずきながらも、ひたすら前へと進んだ。そして五輪本番。出だしの100メートル平泳ぎ予選で自己ベストを出して準決勝へ。勝負の200メートル平泳ぎに向けて好感触をつかんだ。その200メートル平泳ぎで決勝に進出。渡辺や準決勝で敗退した佐藤の分までと、全てをぶつけた。 この1年数カ月、「水泳と向き合えた」と実感を込め、「僕としては大きな財産になった。苦しいからこそ応援してくれる人がいるわけで、そういう人たちに何としても恩を返したいなと思えた。いい経験だった」。諦めかけたこともあった競技人生は続く。200メートル平泳ぎ決勝で、メダルに届かなかった。それは新たなチャレンジ、次のパリ五輪への道しるべを意味するのだろう。武良は言った。「苦しいことを乗り越えれば、その次にいいものが見えてくる。今また(メダルを逃した)悔しい思いをしたので、それを糧に頑張っていきたい」(時事通信社 小松泰樹)