担当記者は見た!:ラグビー7人制・藤田慶和 5年前の「どん底」で生まれた責任感
無力感を味わう日々にも… 「あれが着たいですね」。藤田の視線の先には、代表強化を目的に日本から南半球最高峰リーグ「スーパーラグビー」に参戦したサンウルブズの選手がいた。19年1月、千葉県市川市のグラウンド。サンウルブズのグレーのトレーニングウエアと異なり、藤田は所属チームの青い練習着を着ていた。志願し、練習生としての参加だった。交通費は自腹だった。 「これが一番の近道かどうかはわからないですけど、最後までチャンスがあるなら追い求めていきたい」。W杯日本大会の開幕が8カ月後に迫っていた。15人制日本代表をジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)が率いるようになった16年以降、藤田は代表から遠ざかっていた。サンウルブズ入りもW杯での代表入りもかなわなかったが、なりふり構わぬ藤田の覚悟を感じた。 日本ラグビー界を背負って立つ存在になるはずだった。スピードと強さと技術を兼ね備えた万能型のバックスとして高校ラグビー界を席巻し、高校3年時に7人制の日本代表に選出された。活躍がエディー・ジョーンズHC(現イングランド代表監督)の目に留まり、15人制日本代表の初キャップを大学1年の春に早くも獲得した。 エ…