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ヒバクシャ:あの日の「黒い雨」、伝承者につなぐ朴南珠さん
被爆体験伝承者への研修で自身の体験を語る被爆者の朴南珠さん=広島市中区で2021年7月15日、山田尚弘撮影
核兵器の使用や保有を全面禁止する核兵器禁止条約(核禁条約)が1月22日発効し、世界は核廃絶に向けて大きな一歩を踏み出した。核保有国や米国の「核の傘」の下にある日本などは核禁条約に参加せず、従来の枠組み「核拡散防止条約(NPT)」にとどまるが、核禁条約がNPTに与える影響は大きい。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、両条約とも主要会議を開けず国際的な議論は停滞。核廃絶を求める市民らの活動も中止や縮小を余儀なくされている。米国による広島・長崎への原爆投下から76年。この難局にヒバクシャたちは何を思うのか。
薄らぐ記憶 焦り覚え
被爆体験伝承者への研修で研修生と対話する被爆者の朴南珠さん=広島市中区で2021年7月15日、山田尚弘撮影
「あれ、話がずれちゃいましたね、ふふふ」と朴南珠(パク・ナムジュ)さん(88)=広島市=がはにかむと、朴さんの被爆体験を伝承しようと研修を続ける受講生14人も笑顔で応えた。7月15日、広島市が取り組む「被爆体験伝承者」の養成講座。受講生の質問に答え、朴さんが被爆後に目撃した遺体の様子を説明していたが、いつの間にか戦後よく食べた大豆の話に。「最近は物忘れが激しくってね」と言いつつ話を戻し、赤から青、そして黒に変色していく遺体の様子を詳細に語ると、受講生たちは朴さんの一言一句に集中した。「原爆は、あまりにも残酷でした。私は話せる限り証言を続けます」
証言活動の中心である原爆資料館は、新型コロナウイルスの影響で昨春以降計約6カ月半休館し、活動は激減した。広島県内に出されていた2度目の緊急事態宣言が明け、7月の証言は4回。久しぶりの証言では、油のような黒い雨を浴びたことを言い忘れてしまった。「『何か特殊な爆弾が落とされたんだ、逃げよう』と思った大事な場面なのに。だから最近はメモしておくんです」。少ない証言の機会を大事にしたいと思う。コロナ禍で人との接触が減る中、「人と話すのがうれしい」とも話し、生活に張りを感じている。
広島生まれの在日韓国人2世。女学校1年だったあの日、爆心地の西約1・9キロを走っていた路面電車の中で被爆した。炎に包まれた電車から飛び降りると、「広島がなくなっていた」。爆風で街中の建物がなぎ倒されており、血の気が引いた。黒い雨を浴びたのは、爆心地の北西にある山へ逃れる途中のことだった。
戦後、17歳で結婚し、数年後に授かった双子は産声も上げずに亡くなった。就職先が見つからず、あめや密造酒を造って売ったほか、養豚業で生計を立てた。がんも3回患い、「生きるのが大変だった」と振り返る。それでも、命があることを喜んだ。ただ、建物を取り壊す作業中に被爆死した女学生が多い広島で「どうして生き残れたんか」と聞かれると、後ろめたい気持ちになった。だから被爆者であると積極的には明かしてこなかったが、69歳の時に夫が死去。その後、偶然平和記念公園で出会った修学旅行生に体験を問われたのを機に、語り始めた。
全国から訪れる子どもたちに体験を伝えようと、証言者として資料館に登録。コロナ禍前は1日3件の証言をこなしたことも。2019年6月当時のカレンダーには予定がびっしり書き込まれ、休みはたったの2日。それでも「原爆の恐ろしさを訴えたい気持ちでいっぱい」で、依頼を断ることはなかったという。
「『ピカドン』という言葉を最近聞かない」。コロナ下での活動となった最近、こう感じるようになった。「当時の記憶が、どんどん薄らいでいるのではないか」。原爆の閃光(せんこう)や音、その後の惨状を記憶する人が減っていることに、焦りを覚える。資料館に登録する証言者は、20年度中に5人が亡くなった。自身も膝の痛みや物忘れに老いを感じるが、伝えたいという気持ちは全く衰えていない。
1月の核兵器禁止条約の発効は悲願だった。ただ、祖国の韓国と日本はともに米国の「核の傘」に依存し、条約に参加していない。「被爆者がいるのに、理解できない」。だからこそ、語る。近い将来、自分の体験を多くの人につないでくれるであろう「伝承者」を前に、託したい思いを何度も繰り返した。「たった一発で街が消え、みな殺しにされた。あまりにも、残酷でした」。そして、続けた。「たくさんの悲しみの上にある平和を大事に守ってね。核は、原爆は、二度と使わせてはいけない。それが私の信念です」【小山美砂】
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