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ヒバクシャ:「これが核大国の本音」国連本部で冷や水 医師・朝長万左男さん
76年前の8月9日。同居していた開業医の祖父宅で被爆した。爆心地からは約2・7キロ。爆風で医院と家が倒れたが、梁(はり)の間に挟まって無事だった。熱線による火災で家は焼け、母に抱きかかえられて逃げた。
1940年代後半から白血病の症例が増え、被爆との関係が指摘された。原爆症に苦しむ被爆者の治療と白血病研究に力を注いだ医師、父正允(まさのぶ)さん(故人)の背を追って62年、長崎大医学部に。血液内科医になって被爆者診療や放射線による影響の研究に取り組んだ。「世界に発信する責務がある」。40代で核戦争防止国際医師会議に参加して原爆が人体に及ぼす影響を訴えた。
しかし原爆投下時、国が定める被爆地域外にいた「被爆体験者」への影響や今も被爆者の心身をむしばむ精神的苦痛などエビデンス(医学的根拠)をもって説明できないことも多い。「医学だけでは救えない」。底知れぬ原爆の残虐性を痛感し、核廃絶運動にも参画。2016年には、核兵器禁止条約の制定を目指す「ヒバクシャ国際署名」の「長崎県民の会」代表賛同人になった。
忘れられない場面がある。被爆者の悲願だった核禁条約が採択された17年7月の国連本部(米ニューヨーク)。米国代表が声を荒らげた。「これは危険な条約だ。今すぐ核兵器を禁止すれば世界の安全保障は破綻する」。これが核大国の本音か――。条約採択の高揚感に冷や水を浴びせられた衝撃が胸に残る。
条約は今年1月に発効したが、核保有国や被爆国・日本は背を向けたままだ。米中など保有国間の溝も深まっている。「核廃絶を模索し協調する雰囲気がない。相互不信を修復しなければならないのに」。米国の核の傘の下で「保有国と非保有国の橋渡し役を担う」としている日本政府にも厳しい目を向ける。「橋渡しとは保有国、特に米国に働きかけることだ。外交努力をしないといけない」
20年夏、被爆体験を語る被爆者の活動などを支える「核なき世界基金」(事務局・広島市)に加わった。19年に広島、長崎で核廃絶を訴えたフランシスコ・ローマ教皇の来日をきっかけに生まれた団体で、17年にノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の川崎哲・国際運営委員らと運営委員を務める。
米国による広島・長崎への原爆投下から76年。被爆体験を語ることができる人はそう遠くないうちにいなくなる。「それでも、市民社会の力で核なき世界を実現できる」。いつの日か、思いを継いだ若者たちが重い扉を押し開くだろう。その確信に突き動かされている。「歴史が物語っている。どんな権力より市民の力は強いんだ」【田中韻】
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