生体電気による

生体電気による「細胞間のインターネット」で失われた手足の再生に挑む(前篇)


MORE THAN HUMAN
2021.07.20 TUE 07:00:33
生体電気による「細胞間のインターネット」で失われた手足の再生に挑む(前篇)
シカが角を生やし、人間が肝臓を再生するように、生物は単に傷を治すだけでなく、体の一部を再生することができる。わたしたちの体を構成する細胞が、生体電気を使ってコミュニケーションをとり、自分たちが何になるかを細胞間で決定しているからだと発生生物学者のマイケル・レヴィンは考えている。では生体電気のコードを解読し、コントロールすることは可能なのだろうか?生物学とコンピューターサイエンスが融合した最新研究を前後篇でお届けする。
TEXT BY MATTHEW HUTSON
マシュー・ハトソン
毎年、人工知能(AI)の国際学会である「NeurIPS(Neural Information Processing Systems、ニューラル情報処理システム)」の年次会議には世界中の研究者が集まり、自動翻訳ソフトや自律走行車、難解な数学の問題などについて議論している。そんななか、モントリオールで開催された2018年の同会議で発表したタフツ大学の発生生物学者マイケル・レヴィンの肩書きは、ミスマッチに感じられるものだった。
51歳、淡いグリーンの目と濃いひげがおちゃめな雰囲気を感じさせるレヴィンは、身体がどのように成長し、治癒し、場合によっては再生するのかを研究している。満員の会場のステージで出番を待つ彼を、フェイスブックのAI研究者のひとりが「生命体というメディアを駆使したコンピューティング」の専門家だと紹介した。
レヴィンが講演を始めると、後ろのスクリーンに細長い虫の絵が映し出された。顕微鏡で覗くと寄り目のついたペニスのマンガのように見える、体長2cmほどのヒラムシ「プラナリア」だ。レヴィンの研究業績のなかで重要な位置を占めるこの虫に彼が興味をもったのは、頭を切り落とすと胴体から新しい頭が生え、切り落とされた頭からは新しい尾が生えるからだった。
何兆もの神経結合をもつコンピューター
研究者たちは、プラナリアをいくつに切断しても、同じ数だけ新しい完全な個体が生まれることを発見した。それぞれのパーツが、生物としての完成形を理解していて、足りない部分を再生するのだ。レヴィンは講演で、ふたつの頭をもつプラナリアのヴィデオを見せて観衆を驚かせた。尾を切り落としたところにもうひとつの頭ができるように、彼はプラナリアを操作していたのだ。こうして生まれた頭部は、何度切断してもまた生えてきた。
この研究の最も驚くべき点は、プラナリアのゲノムには手をつけていないことだ。代わりに、レヴィンはプラナリアの細胞間を流れる電気信号を変化させていた。レヴィンの説明によると、この電気信号のパターンを変えることで、生物がもつ形態の「記憶」を修正したのだという。つまりプラナリアの体を「プログラムし直した」のであり、しかも元に戻そうと思えば戻せるのだという。
レヴィンがAI研究の学会であるNeurIPSに招待されたのは、彼の研究が広い意味で生物学とコンピューターサイエンスの融合領域だからだ。科学者たちは過去半世紀の間に、何兆もの神経結合をもつ脳を、一種のコンピューターだと見なすようになった。レヴィンはこの考え方を身体にも適用している。身体組織内の電荷のコード(プログラム)を解明することで、組織の成長の仕方や形態をかつてないくらい自在にコントロールできるようになると考えているのだ。彼の研究室では、カエルの切断された脚を再生したり、オタマジャクシのおなかに目をつくったりしている。
「再生能力は、いわゆる下等動物だけのものではありません」とレヴィンは言いながら、背後のスクリーンにギリシャ神話のプロメテウス[編註:天の火を盗んだ罰として毎日ハゲワシに肝臓を食われ、夜にはその肝臓が再生した]の映像を映し出した。彼は聴衆に「じつは、7歳から11歳くらいまでの子どもは指先を再生できるのです」と語った。切断された手足や損なわれた臓器、あるいは脳卒中で損傷した脳組織など、体の他の部分でも「人体成長プログラム」のスイッチを入れられないものだろうか?
傷口は治ることを「知っている」のか?
レヴィンの研究は従来の概念を大きく変えるものだ。わたしたちの脳が担うコンピューターとしての役割は、体の他の部分とは区別して考えられることが多い。ほとんどの人は、筋肉や骨が計算しているとは考えないからだ。
でも、傷口はどうやって治ることを「知っている」のだろう? 脳がまだ発達していない胎児の体組織はどのように分化し、形を変えていくのだろう? イモムシが蛾になるとき、脳の大部分はいったん液化して再構築されるが、変態の間も記憶が保存されることが研究で明らかになっている。「これは何を意味するのだろうか?」とレヴィンは疑問をもった。
考えられるのは、脳以外の手足や組織も、原始的なレヴェルで記憶し、考え、行動することができるかもしれないということだ。これまで研究者たちは、植物やバクテリアの共同体で見られるような脳が関係しない知性や、発達のメカニズムとしての生体電気を研究してきた。しかしレヴィンは、このふたつの考え方を統合できるという考えを打ち出している。わたしたちの体を構成する細胞は、生体電気を使ってコミュニケーションをとり、自分たちが何になるかを細胞間で決定していると主張しているのだ。
レヴィンの研究は教科書や日本のマンガにも登場している。彼は年間30〜40本の論文を発表し、生物学者、コンピューター科学者、哲学者などとも共同研究をしている。生体電気コードは解読が可能で、さらには話すこともできるのだとする彼の学説を支持する生物学者の数は増え続けている。
ヴァージニア大学名誉教授で同大学の研究担当副学長も務めた生物工学者のトム・スカラックは、遺伝子がどうやって生体組織の成長を促すかに焦点が当たりがちなこの分野において、レヴィンは反体制的な役割を果たしていると言う。「彼は『遺伝子がタンパク質をつくり、タンパク質が細胞の表現型[編註:生物の外見に現れる形態的・生理的性質]をつくるから、遺伝子とタンパク質を理解すれば全てがわかるのだ』という、これまでの教条主義的な考えのはるかに先を行っているのです」とスカラックは語る。
生体電気コードを理解することで、われわれは自分たちの体との新しい付き合い方ができるようになるとレヴィンは信じている。「3次元の生体形状を制御することは生物医学において重要なテーマであり、喫緊の課題です。感染症以外の全ての問題は、生体組織の形状を制御することで解決できるのです。例えば、先天的欠損症、外傷、老化、認知症などの変性疾患、がんなどです」と彼は言う。そして「3次元の形状が何であるかを理解できれば、ほとんど何でもできるようになります」と続けた。
「自分の人生を歩む素晴らしい小さなロボット」
レヴィンは1969年にモスクワで生まれた。子どものころは、虫や電気部品を何時間も眺めていたという。ある日、彼が喘息の発作を起こしたため、気を紛らわせようと父親が家のテレビの向きを変えて裏のパネルを開けた。レヴィンはじっと見つめ、「誰かが、全ての部品を正確な順序で配置して、アニメが映るようにする方法を知っていたんだ」と感心していたのだという。
虫の収集を本格的に始めたのは7歳のときで、物理学や天文学の本を読み始めたのと同じころだった。卵がイモムシになり、さなぎになり、蝶になる様子を見て「テレビもすごいけど、これはもっとすごい」と思ったという。「走り回ったり、何かをしたりして、自分の人生を歩む素晴らしい小さなロボットになるんだ」とレヴィン少年は感じた。虫のことを考えながら、ラジオを分解して組み立て方を覚えたりしていた。
8歳か9歳のころ、レヴィンは父親に手伝ってもらいながらサイバネティックスの本を読み始めた。サイバネティックスとは、40年代後半にコンピューター研究の先駆者であるノーバート・ウィーナーが提唱した「制御システム」の研究を意味する。サーモスタットのようなサイバネティックシステムは、室温の変化を温度計が検知し、目的の温度に達するまで暖房や冷房を作動させるというように、情報のフィードバックを利用して自らを制御するものだ。
サイバネティッ

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