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特別リポート:五輪がやってきたサーフィンの町、覚めた夢と未練


コロナ下でも競技は観客を入れて行われる方針に一度はなったが、開催まで1カ月を切った7月初旬になって、ほとんどの会場で競技の無観客開催が決まった。一宮町のサーフィン競技も、人を入れずに行われる。
地元の子どもたちに聖火リレーを観てほしかった。サーフィンを始めようという気になる子どももいるかもしれない。そう願っていた阿出川さんにとって、聖火リレーの走行中止がいち早く5月末に決まったことは「拙速」と映った。
新型コロナ感染症のリスクがあるとはいえ、リレーは屋外イベントであり、観衆が互いに間隔をとれば問題はないだろう、と思っていたからだ。
一宮町のサーフィン会場にも、五輪初開催という歴史的な瞬間を待つ高揚は感じられない。イベントのポスターなどはほとんど見られず、会場は金属製のフェンスで隠されている。ゲート前には警備員が身構えている。
阿出川さんは一度、会場の中に入れないか声をかけてみたが、丁重に断られた。
「日本で、しかも千葉でやるんだから、もう二度とあり得ないじゃない」と、返した阿出川さんの言葉に力がこもった。だから、本当は自分の目で見たい、と願っていたのだという。
阿出川さん(写真右から4人目)は1964年、米カリフォルニア州サンタモニカでサーフィンに出会った。カラフルなショーツと絞り染めのシャツ姿の青年たちがサーフボードを手に歩く様子に、波に乗れるようになる前から夢中になった(2021年 ロイター/Androniki Christodoulou)
<サーフィンのメッカ支える誇り>
初めて旅したカリフォルニア。サンタモニカで目にした若者たちのカラフルなショートパンツと絞り染めのTシャツ姿に魅了された阿出川さんは、すぐさまサーフィンの虜になった。
自分のショップの前で「TED」ブランドのボードを手にする阿出川さん(2021年 /Androniki Christodoulou)
1970年に移り住んだいすみ市には、黒く重い砂が緩やかな曲線を描くサーファー好みのビーチがある。波は安定しており、岸に届くまで崩れることなく、静かに消えていく。
移住後、数十年にわたり、阿出川さんは日本最初のサーフィン・チームのスポンサーを務め、史上初の大会開催に関わるなど、世界各国のサーファーを日本独特のサーフィン文化に紹介していった。今日では、彼は日本の現代サーフィンの先駆者の1人として知られている。
自分たちがここに来てサーフィンをやり、世界中から友人たちを連れてこなければ、この地域の今のような姿はなかっただろう、と彼は誇らしげに言う。

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